バーゼル2日目。10時、BaselSBB駅から10分程度南下してドルナッハ駅(Dornach-Arlesheim)に向かう。朝は決まってこのような曇天から始まる。
駅に到着して住宅街を歩き出すと周囲の建物の様子に違和感を感じる。街のあちこちに彫刻的で独特な造形、たくさんの色を使った建物が多い。
なぜかというと、この街の多くの建築物が一人の人物の手によって構想されているからです。その名はルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner)。看板にはシュタイナーの手がけた建物が表されていて、その数50程度あるのでは。
中でも最も重要な建物はゲーテアヌム(Goetheanum)という、コンクリートで作られた巨大な建築です。丘を迂回するように歩いていると異形と言っていい建物が現れます。
この建物を構想したルドルフ・シュタイナーは建築家ではなく、20世紀をまたいで活躍した思想家、教育者です。日本ではシュタイナー教育としてよく知られていたり、化粧品メーカーの「Weleda」はシュタイナーの理念からうまれたものだということです。
このゲーテアヌムはシュタイナーが提唱した人智学(Anthroposophy)を学ぶ施設として使われています。
遠くからでも大きく見えるのに、近づいていくうちにちょっと引くくらいの大きさであることを認識します。高さは30mは優にあるはず。
西側正面からの外観は完全な対称でありながら、塊をスプーンで刮げとったような有機的な形状のため不思議な親しみを感じます。
複雑な3次局面を建設当時のCADもCGもない1926年に実現したことに驚き。シュタイナー自身が模型を製作し、それを建築士が図面化していったのだという。
エントランスから大ホールへと続く階段室。
コンクリートの複雑な形状の階段をたどる木の手摺が柔らかさを与えている。
大ホールとは別に設けられた1階のエントランスを入る。
足を踏み入れると一瞬たじろいでしまうほどのピンク色の内装。なんだか凄いところに来たな…
分厚いオーク材で作られた建具はこの施設で教える教師陣の個室や会議室の入り口。
この建物、正確には第二ゲーテアヌムといい、2代目の建物なのです。第一ゲーテアヌムという建物がかつて存在し、当時の様子を伝える写真が残されていました。複数の円形のドームが噛み合ったような外観をしていたようです。
第一ゲーテアヌムはその後、ナチス党員の手によって木造のドーム部分が焼失します。その1年後、焼けずに残った1階部分も解体し一からRC造で造り直したのが現在の第二ゲーテアヌムということです。
上の階に移動するに従ってピンク色から移り変わって、色彩豊かな表情を見せます。この施設を使う生徒や先生らしき人と行き会ってもまったく警戒されることがなく、とてもオープンな雰囲気を感じました。
階段の造形と色の切り分け。
階段室の見上げ。階ごとに淡く色彩を変え、最上階のトップライトからの光で満たされた空間。
外観で抱いた印象とは全く異なる、訪れる者を迎え入れるような、包み込むことを過剰なほど意識した建築なのだということが分かりました。
ゲーテアヌムを出て、周囲に付属する建物も一通り見て回る。
この建築を訪れて、ゲーテアヌムはコルビジェのロンシャンの礼拝堂に通じるものがあるのではないかという印象を受けました。第二ゲーテアヌムは1928年、ロンシャンの教会は1955年の完成だというだけでなく、ロンシャンとゲーテアヌムは50km程度しか離れていないこと、丘の頂上に建築物を配置してそこを目指すアプローチ、RCの巨大な躯体を持ちながら人を引寄せるスケールやディテールが込められていることなど、共通することが多くあります。それでも両者にある決定的な違いは、ゲーテアヌムが厳密な左右対称の彫塑的な造形であるのに対して、ロンシャンの礼拝堂は対称な部分を見いだすことができない粘土細工のような自由な造形であることです。
そうした考えを巡らせながらバーゼルへ戻ります。